イタリアで行われたパラサイクル世界選手権でご一緒した石井選手の所に「チャオ!」を言いに中野マッサーと行って来ました。
彼は中野マッサーの登場に驚いていましたが、いろいろ3時間ほどおしゃべり・・・
イタリアでの入院生活の事、食べ物の事、レース活動の事、いろいろ・・・
ただ、ベッド脇においてあるスーツケースを見て・・・
まだまだ、イタリア遠征は終わって居ない事も痛感しました。
首のコルセットを昨日から外しているそうですが、まだまだ辛そうです。
時間がかかりそうですね。
たまにご自宅にお帰りになって、精神的なリフレッシュも図れるそうです・・・
彼と話をして、私自身の顔の表情も先の見えなかった9月初旬の頃とは違っているとの事。
一番、来季に向けての状況が激しく動いていた9月・・・(この時点で決まっていないのはかなり厳しい状況…)
彼の看病もありますが、チーム関係者の所に出向いての挨拶、コンタクトを待つなど、精神的にも不安の毎日だったのを覚えています。
大怪我でまだまだ絶対安静が必要だった彼が、「宮島さん、良い話が出来て、来年に繋がるといいですね!!」「自分の事を大切に僕の事よりどんどん仕事に行ってください。応援してますから・・・」と病院から送り出してもらった事も思い出します。
世界選手権ロードもそうでした・・・
ゴール前の落車から、救急車での搬送、イタリアの田舎町での入院生活、そしてミラノの綺麗な病院での入院、そして日本と・・・
ご一緒してきましたが、まだ2ヶ月も過ぎていないんです。
でも、かなり濃縮された時間を過ごしたなと感じます。
2009/10/27
終わってすぐに次の準備・・・
いつもドタバタするのを見越して行動しておかないと・・・
免許の書き換え、国際免許の再発行、銀行カードの再発行などなど・・・
免許センターで違反者講習も受けてきました。
イタリアに行く際に、車を手放してしまったので日本ではここ2年間違反無しですが・・・
今回のジャパンカップ…
昨年は中野マッサーのお手伝いでしたから、今考えると指示系統は日本語でした…(当たり前)
しかし、今年はイタリア人マッサーの手伝いですから、そうも言ってられません。
まぁ、自分的にも何とか指示を理解は出来るようになってきたので、小さな脳みそをカラカラ言わせながら何とか、連携を取り無事に仕事を終えることが出来ました。
イタリア語に関しては、仕事に必要なキーワードは、この2年間の活動で理解できるようになっていますが、普段の会話は、まだまだのレベルです。
今回苦労したのは、ウクライナ人メカニックの質問攻撃…
「宇都宮の人口は、何人なんだ?」
「日本の携帯電話は何でSIMカードを入れ替えて使えないんだ?」
「この車の値段はいくらだ?」
「宇都宮からお前の家まで何キロだ?」
「レースは何人見に来るんだ?」
「このおかずはどうやって作るんだ?」
まぁ、目に付くもの気になるもの何でも質問してきます。
「何でぇ~??どうしてぇ~??」と・・・
最初は、「えぇ~っと・・・」と一生懸命答えようとしていましたが・・・
最終的には、「こいつ質問、真剣に答えなくて良いよ別に・・・」とマッサーのステファノの一言ですっきりしました。
結局答えは「知らねぇ~よ」になりました。
あと、ヴィスコンティやブローニ達が気にしていたのが、「何で日本人の女の子は、内股が多くて、靴の踵の部分が余ってガバガバな状態で歩いているんだ?」という事・・・
コトコト鳴らしながら、歩いている姿を皆気にしていましたね。
(全くの余談です)
こうして、たった4日間ですが、活動を共にした事(私の個性、仕事振りを各スタッフ、選手達に知ってもらった事)は、とても今後の活動に繋がる重要な事であります。
いろいろあったこの2009年シーズン、最後のレースで強引ではありましたが、流れを引き戻せた事は、大きかったです。

諦める要素は、ホントにいろいろありました。
非常に厳しかった現状を知る中野マッサー、永井氏(Positivo代表)、沖さん(イタリアにて自転車界の研修中)皆さんに「いやぁ~繋がりましたね・・・」と言われました。
様々なアドバイスや慰めの言葉を頂いていたのであります。
さてさて、来シーズンまであと2ヶ月となります。
いろいろ準備をしていかないといけないっす。
ブログのネタも少なくなるでしょうから、何かありましたら私にご連絡下さい。
日本に居ますので・・・
ではでは
写真は、ジャパンカップを熱心に見来ているファンの方から頂いたもの・・・
とても、マナーを守って選手に接する方でした。
ありがとうございます。
免許の書き換え、国際免許の再発行、銀行カードの再発行などなど・・・
免許センターで違反者講習も受けてきました。
イタリアに行く際に、車を手放してしまったので日本ではここ2年間違反無しですが・・・
今回のジャパンカップ…
昨年は中野マッサーのお手伝いでしたから、今考えると指示系統は日本語でした…(当たり前)
しかし、今年はイタリア人マッサーの手伝いですから、そうも言ってられません。
まぁ、自分的にも何とか指示を理解は出来るようになってきたので、小さな脳みそをカラカラ言わせながら何とか、連携を取り無事に仕事を終えることが出来ました。
イタリア語に関しては、仕事に必要なキーワードは、この2年間の活動で理解できるようになっていますが、普段の会話は、まだまだのレベルです。
今回苦労したのは、ウクライナ人メカニックの質問攻撃…
「宇都宮の人口は、何人なんだ?」
「日本の携帯電話は何でSIMカードを入れ替えて使えないんだ?」
「この車の値段はいくらだ?」
「宇都宮からお前の家まで何キロだ?」
「レースは何人見に来るんだ?」
「このおかずはどうやって作るんだ?」
まぁ、目に付くもの気になるもの何でも質問してきます。
「何でぇ~??どうしてぇ~??」と・・・
最初は、「えぇ~っと・・・」と一生懸命答えようとしていましたが・・・
最終的には、「こいつ質問、真剣に答えなくて良いよ別に・・・」とマッサーのステファノの一言ですっきりしました。
結局答えは「知らねぇ~よ」になりました。
あと、ヴィスコンティやブローニ達が気にしていたのが、「何で日本人の女の子は、内股が多くて、靴の踵の部分が余ってガバガバな状態で歩いているんだ?」という事・・・
コトコト鳴らしながら、歩いている姿を皆気にしていましたね。
(全くの余談です)
こうして、たった4日間ですが、活動を共にした事(私の個性、仕事振りを各スタッフ、選手達に知ってもらった事)は、とても今後の活動に繋がる重要な事であります。
いろいろあったこの2009年シーズン、最後のレースで強引ではありましたが、流れを引き戻せた事は、大きかったです。

諦める要素は、ホントにいろいろありました。
非常に厳しかった現状を知る中野マッサー、永井氏(Positivo代表)、沖さん(イタリアにて自転車界の研修中)皆さんに「いやぁ~繋がりましたね・・・」と言われました。
様々なアドバイスや慰めの言葉を頂いていたのであります。
さてさて、来シーズンまであと2ヶ月となります。
いろいろ準備をしていかないといけないっす。
ブログのネタも少なくなるでしょうから、何かありましたら私にご連絡下さい。
日本に居ますので・・・
ではでは
写真は、ジャパンカップを熱心に見来ているファンの方から頂いたもの・・・
とても、マナーを守って選手に接する方でした。
ありがとうございます。
2009/10/26
シーズン終了
2009年ラストレースであるジャパンカップを無事に終えました。
ISD Cycling Teamでの仕事は、今回派遣されたマッサー・ステファノのサポート、そしてチーム全体のサポートでありました。
ISDとの仕事は初めてでありましたが、イタリアの各チームでの仕事内容は基本的に同じですから何とかスムーズに連携も取れました。
今回派遣された監督がウクライナの人でしたので、大会本部とのコンタクトミスなど小さなトラブルは、毎日・・・
しかし、最低限のご迷惑で済んで良かったです…
チームが日本に入る1日前に私は日本に戻りましたが、時差ボケはレースが終わっても・・・未だ解消できていません。
彼らは、時差ボケをお土産に本日早朝ホテルを後にしました。
チームスタッフ、そして選手の皆ともいい関係が築けました。
ISD Cycling Teamでの仕事は、今回派遣されたマッサー・ステファノのサポート、そしてチーム全体のサポートでありました。
ISDとの仕事は初めてでありましたが、イタリアの各チームでの仕事内容は基本的に同じですから何とかスムーズに連携も取れました。
今回派遣された監督がウクライナの人でしたので、大会本部とのコンタクトミスなど小さなトラブルは、毎日・・・
しかし、最低限のご迷惑で済んで良かったです…
チームが日本に入る1日前に私は日本に戻りましたが、時差ボケはレースが終わっても・・・未だ解消できていません。
彼らは、時差ボケをお土産に本日早朝ホテルを後にしました。
チームスタッフ、そして選手の皆ともいい関係が築けました。
2009/10/21
2009/10/20
掃除とピザ
最後の追い込みです。
部屋の掃除、後片付けはきっちりやっておかないと…
格安で貸してくれた大家さん、紹介してくれたエッディ夫妻に迷惑をかけない為にも…
引越しには、慣れてきてしまっているけど、隅々まで綺麗にすると「あっ!俺結構綺麗な部屋に住んでたのねぇ」と気づく…
ってことは、いつも汚くしているという事…
反省。
で、最後の夜食は…
やっぱりピザ。
外食は、いつもピザ…
いつも頼むのは、フンギポルチーニとプロシュットのピザ…
お腹いっぱい。
まるで、大晦日の大掃除を終えて、年越し蕎麦を食べるように、掃除してピザ食ってきました…
最後にチーム仲間達に帰国の挨拶の電話。
みなそれぞれ納得できない形でのシーズン終了となり、非常に残念な気持ちです。
未だ、来期のチームが見つからない選手達、優秀なスタッフがいます。
(最悪、仕事を変えないといけないと聞きました)
傷は深いです。
私自身も酷い目に合いました。
しかし、ここで出会った仲間はこれからも続くものです。
彼等とは、「また会おう!!」と最後の別れをしました。
皆がいい形で来シーズンを迎えられるように…
日本から祈るしかありません。
部屋の掃除、後片付けはきっちりやっておかないと…
格安で貸してくれた大家さん、紹介してくれたエッディ夫妻に迷惑をかけない為にも…
引越しには、慣れてきてしまっているけど、隅々まで綺麗にすると「あっ!俺結構綺麗な部屋に住んでたのねぇ」と気づく…
ってことは、いつも汚くしているという事…
反省。
で、最後の夜食は…やっぱりピザ。
外食は、いつもピザ…
いつも頼むのは、フンギポルチーニとプロシュットのピザ…
お腹いっぱい。
まるで、大晦日の大掃除を終えて、年越し蕎麦を食べるように、掃除してピザ食ってきました…
最後にチーム仲間達に帰国の挨拶の電話。
みなそれぞれ納得できない形でのシーズン終了となり、非常に残念な気持ちです。
未だ、来期のチームが見つからない選手達、優秀なスタッフがいます。
(最悪、仕事を変えないといけないと聞きました)
傷は深いです。
私自身も酷い目に合いました。
しかし、ここで出会った仲間はこれからも続くものです。
彼等とは、「また会おう!!」と最後の別れをしました。
皆がいい形で来シーズンを迎えられるように…
日本から祈るしかありません。
2009/10/17
2009/10/16
帰国を前にして、イタリアでの活動に思う事…
このシーズンは、細かい事は、ここで書けない事がありますが、チーム活動が6月で休止していしまうという、有り得ない事が起きてしまいました。
実際、起きたんだから有り得ないという事ではなく、有り得る話になっちゃいますけど…
「この夏は、忘れられない夏…」すんごいネガティブな意味でです…
暑い日に考え事をするもんじゃ~ありません。
実際、頭が溶けそうになる位、いろいろ考えましたから…
何とか気持ちを切り替えて、来季に向けての活動を目指し、イタリアでの生活をリセットしました。
3人で住んでいた家から一人で住む家に引越し、チケットを自分で用意…
しかしながら、簡単にはチームなんて見つかるはずもありません。
イタリアの自転車界、私の事なんて知らない人の方が多いのですから…
実際、「2008年からマッサーとして活動していた…」と話しても、「お前レースの現場で見た事無い…」と言われもしましたから…
せめて、今年一年シーズン最後までレース活動が続いていれば、良かったのですが・・・
しかし、数少ないマッサー仲間のご配慮でレースの現場に引き戻していただけた事により(ミラノ近郊で行われる3連戦のレースに日雇いマッサーとして呼んで頂き)少し希望が繋がりました。
そこから、アマチュアのレース、パラサイクル世界選手権、そしてスイスの世界選ロードと・・・
正直言って、いろいろ悩んでイタリアに戻らなかったら、この続きは無かったでしょう。
厳しい現実として… 実際、ヨーロッパから日本に居る自転車レースの経験の無いマッサーに日本人の紹介無く、直接スカウトがかかることは、まず有り得ませんでしょう。
有り得たら、よっぽど優秀な方でしょう…(スミマセン私は脱帽致します…)
つまり、自分からチャレンジしていかない限り、実現できない事であります。
特に異国人ですから…
しかもイタリアだけをとっても優秀なマッサーは存在しています。
彼らには、多くのチームからオファーが届くそうです。
その中から自分の働く環境を見極めて、チームを選ぶそうです。
あくまでも単純ですよね。
(中野マッサーもその一人…)流石です。
実際の社会でもそうだと思います。
私はまだまだ…
しかし、こんな私を使ってみようと思ってくれるチームには、貢献しないといけませんし、しっかり働いて、評価されるマッサーになりたいと強く思っています。
だって、「これで飯食ってる!」と胸張りたいですから…
まだまだ…チャレンジは続きます。
乞うご期待っつう事で・・・
先日、39歳になっちゃいました。
青春真っ盛りです。
一人勘違い野郎ですが、自分の人生、これでもいろいろ考えてます。
あと5日で日本に帰ります。
某チームでジャパンカップに同行させていただきます。
某チームでジャパンカップに同行させていただきます。
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